「神の掟と人間の戒め」

マルコによる福音書7章1~13節

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

主イエスの宣教活動が進められていくにつれて、主とファリサイ派の人々や律法学者たちとの対立が強まってきました。本日の出来事は、ユダヤ人の「清め」に関する言い伝えを巡ってのものです。ユダヤ人は、神から直接与えられた戒めや掟以外に、それらから派生した人間の手による数々の戒めを言い伝えとして持っていました。清めに関する決まりごとは、昔の人の言い伝えに属するものでした。それによると、人は食事をする前には手や食器を念入りに洗い、身を清めなければなりませんでした。それは衛生的観点からの規定ではなくて、宗教的な要素を強く持ったものでした。

ところが主の弟子たちは、その言い伝えを守らずに、洗わない手で食卓につく者たちもいました。ファリサイ派の人々はそのことを問題にして、主に「なぜなのか」と詰め寄っています。主の集団は汚れた集団、つまり罪人の集団であると彼らは考えています。しかし主は、彼らは昔からの言い伝えに対して形だけは守っているけれども、彼らの神に対する忠実さや誠実さは、決して御心にかなったものではないことをご存じでした。それで主は彼らに対して、イザヤ書の言葉を引用して、彼らを偽善者として厳しくとがめておられます。イザヤ書からの引用は、「この民は口先だけではわたしを敬うが、その心はわたしから離れている。人間の戒めを教えとしておしえ、空しくわたしをあがめている」(6~7節、イザヤ29:13参照)です。つまり、形骸化した、心の伴わない形だけの掟の遵守は、神が決して喜ばれるものではない、と言うことを彼らに教えておられます。主は御心を物差しとして、自分たちの信仰を徹底的に吟味することを彼らに求めておられるのです。それは、今日のわたしたちの信仰のあり方にも通じるものであることを教えられます。

主は彼らにもう一つのことを語られました。それは「コルバン」という言葉を巡ってのものです。これはヘブライ語で、「神への供え物」という意味を持っています。人が自分の金銭や物品を神に捧げる物としてより分けておく場合、「これはコルバンです」と言えば、それは神への供え物以外には用いられなくなります。神への捧げものをより分けておく姿勢は基本的には大切なものを含んでいます。しかし、現実にはそれは悪用されることもありました。例えば、親が差し迫った状況の中でわが子に金銭的な援助を申し出た時に、それに応じたくない場合は、自分の持ち物に「コルバン」と言えば、それを親に差し出す必要がなくなるのです。神の戒めの中に「あなたの父と母を敬え」があります。今述べたような子どものあり方は、この戒めを犯していることになります。さらには親への尊敬と服従を通して、神への信頼と奉仕を求めておられる神の御心にも沿わないことになります。主は言われます、「こうして、あなたたちは、受け継いだ言い伝えで神の言葉を無にしている」。

わたしたちにおいても、「これこそが信仰的だ」とか「これこそが教会的だ」と主張することの中に、神の御心に沿わないものを含んでいることがしばしばあるに違いありません。信仰は、日々、神のみ言葉による吟味と点検を必要としていることを、深く心に刻みたいものです。

「わたしだ。恐れることはない」

マルコによる福音書6章45~56節

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

主イエスは本当にガリラヤ湖の水の上を歩かれたのでしょうか。そうした素朴な疑問を抱かせられる出来事が本日のテキストに記されています。わたしたちは奇跡が「しるし」と呼ばれることを踏また上で、主による奇跡がどのようになされたかということよりも、それは何を指し示し、教えようとしているのかに思いを向けながら、この出来事から教えられたいと願います。

五千人以上の人々にパンと魚を分け与えられた後、主は弟子たちに強いて向こう岸に渡ってしばらく休むことを指示されました。それは宣教活動や主による給食の奇跡などを経験した弟子たちに、これまでのことを振り返り、静かに祈る時を持たせることが主のご意図であったに違いありません。弟子たちは興奮状態の中で人々と共に主のなさったことについてもっと語り合いたいという思いもあったかもしれません。しかし主はそのような弟子たちを「強いて」人里離れた所に送りだされるのです。信仰にはある種の強制や制約が存在します。人間の意志よりも神の御意志によって動かなければならないという強制です。そうすることによってこそ、信仰者と教会は御心に叶った歩みをすることができるのです。「強いられた恩寵」という言葉を思い出します。

一方主ご自身は、一人で祈るために山に登られました。主にとっても休息と祈りの時が必要だったのです。その主の目に弟子たちの舟が逆風の中で漕ぎ悩んでいる様子が捉えられました。弟子たちは、沖にまで出た所で激しい向かい風のために前に進むことができなくなってしまいました。弟子たちには、こんな目に合うのだったら主のご命令に従わない方がよかった、という思いが生じていたかもしれません。彼らはこのような時にこそ、数々の力ある業をなさった主を思い出すべきだったのですが、それはできませんでした。むしろ主に対する不平不満の方が彼らの心を満たしていたことでしょう。

しかし、主は彼らの様子をご覧になっておられます。そして主は湖の上を歩いて弟子たちを助けるために舟に近づかれました。けれども弟子たちは薄暗い中で舟に近づいてくる人間のような姿を見た時に、幽霊だと思って恐怖におののきました。それはやむをえないことかもしれません。しかし聖書はそのときの弟子たちのことを次のように記しています。「パンの出来事を理解せず、心が鈍くなっていたから」(52)。これはどういう意味でしょうか。心が鈍いとは、これまでの主の言動から主ご自身を十分に理解することの出来なかった弟子たちの頑なな心、霊的鈍感さを表す言葉です。この言葉の背後に、弟子たちはもうとっくに、主は困難な時にこそ助けてくださるお方であることを確信してもよいはずなのだ、しかし彼らにはそれができていない、ということが暗示されています。弟子たちのこれまでの体験と主との交わりが、まだ彼らの信仰の力になっていなかったことを示すこの出来事を通して、マルコはわたしたちにも「あなたの信仰はどうなのか」と問いを投げかけています。

主は言われます、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」。主は従う者たちをいつも見ていてくださいます。そして困難な状況にあるわたしたちに思いがけない方法で近づいて来て助けてくださるのです。

「パン五つと魚二匹から」

マルコによる福音書6章30~44節

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

主イエスは宣教に派遣した弟子たちの報告を受けられた後、弟子たちをしばらくの間、人里離れた所に送り出そうとしておられます。彼らに祈りの時を持たせようとしておられるのです。しかし多くの群衆がついてきて、主イエスと弟子たちから離れようとしません。そのような群衆を主は「深く憐れまれて」、さらに神の国についての話をしてくださいました。そうこうするうちに日が暮れ始めました。弟子たちは夕食の世話などのことが気になって、主に「群衆を解散させてください」と言っています。弟子たちはお世話をしたくないのでしょう。それに対して主は「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と言われました。弟子たちの務めを指示しておられます。

しかし、ここは人里離れた所であり既に夕刻である、群衆が何千人もいる、自分たちには十分なお金の持ち合わせもない、そのようにさまざまに思いめぐらして、弟子たちは主の命令は無理だと考えました。普通に考えれば彼らは間違ってはいないでしょう。どんなに見積もっても無理だと結論づけるほかない状況です。しかし、彼らの計算には大事な要素(ファクター)が欠落していました。それは、<主イエスの存在>という要素です。弟子たちは自分たちにとっての不可能性を導き出していますが、そうする前にしなければならないことがありました。それは、そこに主がおられるという事実を認識すること、その主に「どうしたら良いでしょうか」と問い、助けを乞うことです。

主は人々が持っているものがパン五つと魚二匹であることを確認されました。弟子たちにとってはこれだけでは何の役にも立たないという少なさでした。しかし主はパンを取って神に祈りをささげ、それを裂いて人々に分け与えられました。魚も同様にされました。その結果、すべての人が満腹し、さらに食べ物の残りを集めると12の籠いっぱいになったのです。そこにいた人々は、男の数だけでも五千人ですから、女の人や子どもたちもいたとすれば、さらにその数は膨らみます。主は彼らの飢えを癒してくださいました。「人はパンだけで生きるものではない」と言われた主は、また「日毎の糧を与えてください」と祈ることも教えられたお方でした。

弟子たちにとっては「パンは五つしかない、魚は二匹しかない」としか思えない状況が、主にとっては「パンが五つもある、魚が二匹もある」という見方に変わります。その少なさの中に大きな可能性が秘められていることを主は弟子たちと人々に教えるために、それらを用いて人々の満腹を造り出してくださいました。わたしたちにとって「~しかない」と思えるものであっても、主にとっては「~もある」と言われるものとなります。人間にとって何の役にも立たないと思えるものが、主にとっては大いなる可能性を秘めたものとなります。教会も信仰者もそういう存在として、それぞれのところに置かれています。

ここでパンを人々に与えられた主が、わたしたちの霊の飢えと渇きのために差し出してくださる究極のパンは、主イエス・キリストご自身です。主こそ真の命のパンです。群衆の前で裂かれたパンと魚は、やがて十字架の上で裂かれる主ご自身の体を指し示しています。

「洗礼者ヨハネの死」

マルコによる福音書6章14~29節

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

福音は、虐げられている人々や貧しい人々に対しては、「あなたも神の前に大切な存在である」という慰めをもたらします。一方、偽りの権威を盾に横暴にふるまう者に対しては、真の唯一の主であられイエス・キリストを指し示すことによって、彼らに悔い改めとへりくだりを求めるとともに、人々には彼らは恐れるに足りない者であることを証しします。福音は、それぞれの状況の中にある人々にふさわしくその力を発揮いたします。

今日のテキストには、ガリラヤの領主ヘロデ(アンティパス)が洗礼者ヨハネを殺害するに至った経緯が記されています。彼はヘロデ大王の息子の一人で、ガリラヤ地方の王として君臨していました。ところが彼は自分の妻を追い出して、異母兄弟フィリポの妻ヘロディアを妻として招き入れました。それに対してヨハネは、「自分の兄弟の妻をめとることは、律法で許されていない」と厳しく非難しました。ヨハネは旧約の律法に基づいて、王の過ちを指摘したのです。そのことに怒りを覚えたヘロデは、ヨハネを捕らえて牢に入れましたし、妻ヘロディアはいつかヨハネを殺そうと狙っていました。しかしそれができないまま時が過ぎました。そしてついに、ヘロデは自分の誕生日の祝いの席で、ヘロディアの娘との「なんでも欲しいものを言え、叶えて上げる」との約束に縛られて、ヘロディアと娘の要求に応じてヨハネの首をはねてしまったのです。なんとも凄惨なことがなされました。ヨハネはヘロデに殺されたのです。

その後、主イエス・キリストの評判がガリラヤ地方に広がりました。そして人々は主イエスについて、「殺された洗礼者ヨハネが生き返ったのだ」とか、「旧約聖書に預言されている偉大な預言者が現れた」と言い始めました。そのことがヘロデの耳に入って、彼は今おびえています。

わたしたちがここで注目したいのは、ヨハネはどうして王を告発するような勇気ある行動をすることができたのかということです。王の過ちについて誰も告発したり指摘したりする人がいない中で、ヨハネ一人が「ヘロデの行為は、神の御心に反している」と批判しました。彼のその勇気はどこから出て来たのでしょうか。それは一言で言えば、彼が人を恐れるのではなく、神を畏れる者であったということです。それは、主イエス・キリストを知ることによって与えられた賜物でした。ヨハネは、主イエスの十字架や、死からのよみがえりについては知りません。彼はそれを知らないまま、早くに殺されてしまったからです。しかし、主の教えの本質はしっかりと捉えていました。主は言われました。「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」(マタイ10:28)。ヨハネはその教えのままに生き、そして死んでいったのです。

イエス・キリストの父なる神こそ「魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方」です。この神がわたしたちを永遠の滅びから救い出すために、御子を送ってくださいました。この主イエスと結びつくとき、わたしたちは死の恐怖から解放された生を送ることができます。主は言われました、「わたしは平安をあなたがたに残して行く」(ヨハネ14:27参照)と。

「弟子たちの宣教への派遣」

マルコによる福音書6章6後半~13節

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

主イエスはこれまで弟子たちをそばにおいて御言葉を語ることや祈ることの訓練をしてこられました。そしていよいよ時が来たと主が思われたとき、12人の弟子たちを二人一組にして宣教へと派遣されます。そのとき主が弟子たちに授けられた権能は、一つは人々を悔い改めに導く御言葉を語ること、そしてもう一つは汚れた霊に取りつかれて病の中にある人を癒すことでした。これは主ご自身がなさった働きと同じものです。ということは、弟子たちの働きは主の業の継続であることが分かります。弟子たち自身には語るべき言葉も病める人を癒す力もありません。彼らはそれを主から受け取るのです。

弟子たちは宣教に遣わされるにあたって、携えていくべきものとそうする必要のないものとの指示を主から受けました。携えるべきものは杖1本、履物をはき、下着も1枚だけが許可されました。一方、携える必要のないものとして、パン(食料)、袋(パンや衣類を入れるもの)、お金、下着は2枚以上はだめと言うものでした。宣教に出かけるときは身軽であれ、旅支度や旅先での生活に心を用い過ぎるなという忠告が込められていますし、また、必要なものはその時々に与えられるという神への信頼を促しておられます。

弟子たちは主による派遣の言葉から、彼らが携えていくべきものは何よりも神の言葉であるというメッセージを聞き取らなければなりません。神の言葉を携えることを怠って、その他の日常生活のことに心を奪われてはならないのです。弟子たち自身は土の器です。その器に盛るべきものは生活必需品ではなく、尊い神の言葉です。神の言葉が貧しくあってはならないのです。
主はさらに宣教先でのことについても語っておられます。その一つは、弟子たちを迎え入れる家が見つかったら、その地の宣教活動の終わりまでそこにとどまり続けよ、もっと良い条件の住まいを捜すことはするな、と言うものです。これも弟子たちを御言葉の宣教にのみ集中させるための忠告です。

さらにもし御言葉を受け入れず、弟子たちを迎え入れない人々がいたら、そこを離れるとき、足の裏の埃を払い落しなさい、ということも命じられました。これは分かりづらいかもしれません。この行為によって弟子たちは、そうした拒否反応を示す人々のことを神に委ねます、ということを言い表すことになります。こうして弟子たちの最初の宣教活動が始められ、実りが与えられました。

最後に今日の教会について考えてみましょう。弟子たちが主のもとから派遣されたように、教会もまた主によって各地に派遣された信仰者たちの集団です。主から派遣された教会は、主が弟子たちに託されたことと同じことを行うのです。神の御言葉を語って人々を悔い改めと救いに導くこと、癒しを必要としている人々のために、心を込めて祈り仕えること、そのようにして使命を果たしていきます。教会そのものは、貧しくもろい土の器に過ぎません。しかし神ご自身が、真の命に至る尊い宝をその器に盛ってくださいます。そして務めを果たすための力をも与えてくださいます。そのように宣教のためにすべてを整えてくださる教会のかしらである主に対する信頼を固く持って、福音宣教のために真剣に闘うことが、地上の教会のありようです。

「故郷で受け入れられない主イエス」

マルコによる福音書6章1~6節前半

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

主イエスは弟子たちと共に各地をを巡り歩かれた後に、青少年期を過ごされた故郷ナザレに帰られました。それは単なる里帰りではなく、福音宣教のためでした。初めてイエスの教えを聞いたナザレの人たちの反応がここに記されています。その反応は、「この人は、このような教えをどこから得たのだろうか。この人の行う奇跡はいったい何か」というものでした。かつて同じ土地で生活し、その家族構成もよく承知しているイエスに、人々は自分たちとの同質性を期待していたのでしょうが、その教えやなさる業は、彼らの想像を大きく超えたものでした。そこに彼らの戸惑いや驚きが生じています。

彼らはその驚きの原因をさらに深めるべきでした。「この教えはどこから与えられたのか」、「このような業はいったい何に基づくものなのか」と、彼らの驚きの原因や由来や根拠を探求すべきでした。それによってこの人々は、イエスの背後におられる父なる神に出会うことができたでしょうし、また待望の救い主としてイエスに出会うことができたはずです。しかし彼らはそうはしませんでした。せっかくイエスの中にある特別なものに気づき、これはいったいどこからかとの大切な問いを抱きながら、その問いを中途半端に処理してしまったのです。彼らはイエスを特別な存在として見ることを拒んだのです。

彼らのそのような姿勢をある人は、「それはイエスの郷里の人々の自己愛が、彼らの目を真理に対して閉ざさせたのだ」と述べています。新しい生き方を求めるよりも、自分たちのこれまでの考えや生き方や習慣を重んじて、それを維持しようとする心が彼らを動かしているのです。そのためにイエスに対して拒絶反応が示されることになります。聖書では「人々はイエスにつまずいた」と表現されています。自分たちとの異質性が彼らにとっては大きな妨げとなって、主イエスの中に入り込むことができないでいるのです。

主イエスはそのような人々の姿を見て、おそらく当時のことわざの一つである次の言葉を語られました。「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」(4)。過去の古い人間関係や価値観によって生きている人々にとって、新しい生き方や価値観は、その中にどれほど尊いものが含まれていたとしても、容易には受け入れられないものであることが分かります。

旧約時代の預言者エレミヤも人々から激しくあざけられ、退けられました。しかし、それでも彼の内に働く神の力によって語り続けました。主イエスは故郷で少ししか語ることができず、またわずかしか癒しを行うことができず、人々の不信仰に驚かれつつナザレを離れて行かれました。しかし、人々の拒絶は、新しい宣教への派遣の動機となるのです。

今の時代も、主がご覧になれば「その不信仰に驚かれた」と言われるような状況かもしれません。主イエスに関心を持つ人はいても、多くの人はその域を出ないのです。真剣に問うものが少ないのです。しかし、小さな関心から信仰の歩みが始まり得ることを思うとき、わたしたちは御言葉の伝達の働きを決してやめるわけにはいきません。御言葉の伝達の業は決して無駄に終わってしまうことはない、との確信がわたしたちにはあるのです。

「主イエスに触れるとき」

マルコによる福音書5章25~34節

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

ここに記されている出来事は、主イエスが会堂長ヤイロの家に向かう途中で起こったことです。ここには12年間出血の止まらない病に苦しめられていた一人の女性が登場します。彼女は「多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たして何の役にも立たず、ますます悪くなるだけ」でした。さらに彼女にとっての苦しみは、旧約聖書に、出血を続ける女性に関する規定があり、その人は不浄とみなされて、さまざまなことが禁じられていたことでした。肉体的に弱り、経済的に困窮し、宗教的・社会的に隔離された状態、それが彼女が置かれている絶望と孤独の状況でした。わたしたちはこのことをまず把握しておかなければなりません。

そういう中でも彼女の心の内には「どうしても治りたい」という強い思いが燃え続けていました。それが海の波が寄せては返すように彼女の中でうごめいています。その喘ぎの中で、彼女は主イエスの存在を知りました。そして治癒のために残されている道はこの方によるほかないという思いにさせられました。それで思い切って主のもとに行こうとするのですが、律法の規定が彼女を妨げます。群衆の中に出て行ってはならない、他の人と接触してはならない等の禁止条項が彼女の行動を制限します。しかし抑えがたい願いに押し出されて、彼女は主イエスを取り囲む群衆の中に紛れ込みました。それから先どうしたら良いのでしょうか。彼女は窮余の一策として主の後ろからそっとその服に触れるのです。「この服に触れれば癒していただける」と思ったからです。

そのとき二つのことが起こりました。一つは、彼女が癒されたことです。もう一つは、主がご自身の内から力が出て行ったことに気づかれたことです。これらのことに関して、それぞれの体の内に何が起こったかを、わたしたちの知識や能力では説明することはできません。聖書に記されていることをそのまま信ずるほかありません。

主はご自分の服に触れた者を捜されます。主は、混雑の中で群衆がたまたま主の服に触れることと、何かの願いや祈りを込めて触れることとを識別することがお出来になるのです。癒された女性は隠し通すことはできないと思い、とがめられることを覚悟して、震えながら主の前に名乗り出てひれ伏します。しかし主は彼女をとがめたり叱責したりはなさいませんでした。かえって次のように語りかけておられます。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」(34)。主は彼女の内に<信仰>をご覧になりました。何が信仰なのでしょうか。ある人に信仰があるかないかを判断するのは、わたしたち人間ではなく、主ご自身です。主は、すべてを失った上で失敗すると完全に存在を失ってしまうかもしれない状況の中で、主に頼り主の服に触れる行為に出たこの女性の主に対する一途な信頼を、<信仰>とみてくださっています。

出血の止まらない女性のかすかな指先の動きからさえもその人の苦悩と救いへの祈りを受け止められた主は、わたしたちの言葉にならない祈りにも応えてくださいます。わたしたちが自分自身を主に投げ出す時、主もまたご自身の全力をわたしたちのために注ぎ出してくださるのです。

「少女よ、起きなさい」

マルコによる福音書5章21~24、35~43節

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

「わたしの娘が死にそうです」、これは聖書におけるある父親の叫びです。これに似た訴えや叫びは今日でも聞かれます。あらゆるところで命が危機にさらされています。その叫びがしばしば空しく消えてしまうのは、それが、その叫びを正しく受け止めてくださる方に向けられていないからかもしれません聖書においては、その叫びが主イエスに向けられることによって、娘の命が救われた物語が記されています。その出来事に耳を傾けてみましょう。

ユダヤ教の集会所(会堂)において責任を持っている会堂長のヤイロという人物が、死にそうな娘のために今、主イエスのもとにやってきて、この訴えをしています。このことはヤイロにとってはある種の冒険でした。なぜなら、そのころ既にユダヤ人たちの間にイエスに対する殺意を抱く者たちが現れていたからです(3:6参照)。そういう中でユダヤ人の指導者が主の前にひれ伏すことは、人々の反感を買って、彼自身の身に危険を招くことになるかもしれないからです。しかしヤイロにおいてはその恐れよりも、娘に対する愛の方が勝っていました。その愛が彼を主のもとに走らせているのです。

主は、ヤイロの訴えを聞いてヤイロの家に向かわれます。「よし、行こう」とすぐに動き出さる主のお姿にわたしたちは平安と希望を抱かせられます。しかしその道行きの途中で、中断を余儀なくさせられることが起こりました。それは長い間出血の止まらない女性が主に癒しを求めたことです。主はこの女性にも丁寧に対応されるのですが、気になるのはヤイロの気持ちです。「早く家に案内したい」という焦る気持ちが、主に対する信頼を薄くしてしまわないだろうかと考えさせられます。わたしたちもしばしば、主のわたしたちへの関わり方がのろい、遅いと感じることがあるかもしれません。わたしたちは身勝手に主に対して、自分の方だけを見ていてほしいと願うのです。

さらにヤイロにとって次の試練が襲います。それはヤイロの家の人たちがやってきて、「娘さんは亡くなりました。主イエスに来ていただくには及びません」と告げたからです。死んだ者はもはやどうすることもできないという考えが家の人たちにあることが分かります。ヤイロはどうしたでしょうか。彼は岐路に立たされています。しかし主はヤイロの判断を待つことなく、「恐れることはない。ただ信じなさい」と言って、ヤイロの家に向かって行かれます。少女の死の知らせは、主にとっては何の妨げにもならないのです。

ヤイロの家に着くと人々は少女の死を悼んで泣き騒いでいました。しかし主は構うことなく娘のもとに行き、「タリタ、クム」と言われました。それはアラム語で、「少女よ、起きなさい」という意味です。あたかも眠っている子を起こすかのように声をかけておられます。その言葉によって少女は起き上がりました。生き返ったのです。主なる神の力が御子イエスを通して驚くべき事態を生じさせています。これは、やがて起こる主イエスの死からの復活の予兆ですし、また終わりの時のわたしたちの「からだのよみがえり」の約束のしるしです。主に結びついて死んだ者に、主は終わりの時に「起きなさい」と声をかけて、死から命に移してくださるでしょう。

「幼子イエスの苦しみ」

マタイによる福音書2章13~23節

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

ベツレヘムで神の御子の誕生をお祝いした学者たちが、ヘロデのもとに立ち寄らないで東の方に帰った後、ベツレヘムでは何が起こったでしょうか。2章17節では、学者たちにだまされたことを知ったヘロデ王が、怒りと恐怖の中でベツレヘムとその周辺一帯の二歳以下の男の子を一人残らずに殺したことが記されています。残虐極まりないことが起こっています。そのようなヘロデによる危害から御子イエスはどのようにして免れることができたのでしょうか。それは神の使いがヨセフに現れて「エジプトに逃げよ。神のお告げがあるまでそこに留まれ」と命じたからでした。

ヨセフの一家がエジプトに逃げた後、ヘロデは上に述べましたような残虐な行為を行っています。自分の王としての地位を将来脅かすことになるかもしれない者を彼はすべて無きものにしようとしています。そのヘロデが死んだ後、主の使いがエジプトにいるヨセフに現れてヘロデの死を知らせ、イスラエルに帰るように促します。しかしイスラエルの国では、ヘロデの息子アルケラオが新たに王となっていました。主の使いがまた現れて、南のユダヤではなく、北のガリラヤ地方のナザレに行けと命じました。そのナザレで主イエスは少年期・青年期を過ごされることになります。イエスはこうして「ナザレのイエス」と呼ばれるようになりました。

このように御子イエスは誕生と成長の幼い時から、既に多くの苦難と恐怖を味合われました。それは何を意味しているのでしょうか。それは、それらのことの中に、のちに受けられる十字架の苦難と死が予兆されているということです。「イエスの飼い葉桶には既に十字架の影がさしている」と言われることもあるくらいです。

しかし御子イエスはそうした苦難と脅威の中でも神によって守られました。神の救いの御計画が、御子の十字架によって成し遂げられるまでは、御子イエスは死んではならないのです。罪人の救いという大事業が果たされるまでは、主イエスは苦難をくぐり抜けて行かなければなりませんでした。事実、父なる神はそのようにしてくださいました。見えない御手によって、御子イエスを危機から守り続けられました。そして神の御計画の完成の時が来たならば、神は御子の命が奪い取られることさえお許しになり、永遠の昔から立てておられた罪人の救いを完成なさるのです。なんと人知では測り知ることの出来ない神の御計画の深遠さであろうか、またなんと神のわたしたち罪人を救おうとされる愛と熱意が変わらざるものであろうかと考えさせられます。

ところで主イエスのご降誕は旧約聖書の預言が成就したということをわたしたちは教えられましたが、御子のその後のことも既に旧約聖書に預言されていたということをマタイは繰り返し明らかにしています。15節、18節、そして23節の引用は、それぞれ旧約聖書からのものです。これによってマタイは、御子に起こるすべてのことは偶然のことではなく、既に神の御計画の中にあったことを明らかにしています。そのようにして神はずっと御子と共におられて、救いの御計画を実行して行かれたのです。

「その子をイエスと名付けよ」

マタイによる福音書1章18~25節

佐賀めぐみ教会牧師 久野 牧

系図の最後に「このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」(17)と記されていることの詳細が、18節以下で展開されます。ヨセフとマリアは結婚の約束はしていましたが、まだ一緒に住んではいませんでした。そういう中で、夫となるヨセフに、マリアの懐妊の知らせがもたらされたのです。それは聖霊によるものでしたが、初めの内はそのことが分からないヨセフにとってそれは大きな苦悩となりました。もしかしてマリアの胎内の子は他の男性の子かも知れないと思い悩んだヨセフは、「マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろう」としていたのです。御子の誕生に関してルカによる福音書ではマリアの戸惑いが記されていますが、マタイによる福音書ではこのようにヨセフの苦悩が強調されています。クリスマスの出来事は、明るさから始まったのではなく、暗さと苦悩から始まりました。

思い悩むヨセフに、主の天使がさらに「マリアの胎の子は聖霊によって宿ったものである。恐れずマリアを迎え入れなさい」と告げました。神が特別な働きを通して、マリアの胎内に御子を宿されたのです。そしてその胎の子は男の子であり、名前を「イエス」と名付けなさいとまで告げ知らされています。

この段階でヨセフにこのことの深い意味が理解できたかどうかは不明ですが、天使が告げたとおりに彼は恐れと疑いを乗り越えて、マリアを妻として迎え入れました。そしてやがて二人の間に、天使が告げたとおりに男の子が生まれ、その子の名をイエスと命名しました。

ところでヨセフは「正しい人であった」(19)と記されています。「正しさ」とは何でしょうか。ヨセフにとっての正しさとは、神の律法に従うことでした。マリアの懐妊が姦淫の結果であれば、律法に従って彼女を石打ちにする、それが律法に従うときの彼の正しさです。それは彼にとっては耐え難いことでした。しかし、律法に正しく従うということにはもう一つの面があります。律法の精神は「愛」です。それを実行することがもう一つの正しさです。ヨセフはこの愛を選択します。マリアの胎の子の由来を問うことをせずひそかに離縁し、彼女を独身の女性として自由にすることによって、彼女に姦淫の罪がないものにしようとしているのです。彼女を何とかして救おうとしていることに彼の愛があります。神はそのように彼の苦悩の窮まるところでヨセフに臨み、マリアの懐妊をめぐる真実が明らかにされるのです。彼は苦悩から解放されました。

 神は、そのようにわたしたちの苦悩がもっとも深くなるところに臨んでくださって、わたしたち一人ひとりに苦悩からの解放を与えてくださいます。苦悩や憂いは神を閉め出すのではなく、神との出会いの場となりうるのです。クリスマスを迎えようとしているわたしたちにも、喜びだけでなく、不安や痛みや重い課題があります。明るく輝くクリスマスの時期だからこそ、返って自分が抱えている闇は暗さを増すことがあります。しかしそのようなわたしたちに対してクリスマスの神は、「恐れるな。わたしはいつもあなたがたと共にいる」と語りかけてくださるのです。この「あなたがた」の中に、ここにいるわたしたち一人ひとりが含まれています。